わがはいはnonojirou ・・・ それから

けっこう毛だらけな・・・ ☆ 湯村温泉の琥珀くん ☆ 温泉津温泉のにゃんこ ☆ 野良のマキノさん ☆ 迷い猫のれん ☆ ちっちゃい頃ののの

東西冷戦は八百長だった

アメリカの お話しです でも アメリカだけのお話しでは ありません

ソビエト連邦が崩壊したのは 1991年12月のことでしたが
第二次世界大戦後から それまでの世界は
アメリカとソ連の二つの超大国によって 二分されていました

・・・と 僕らは みんな思っていました たしかにそう見えました
でも実際は ソ連には アメリカと世界を二分するほどの 実力はなかったのです
そういうふに 見せかけられ 僕らは 思いこまされていただけだったのです

東西冷戦は 八百長だったのです
そして この偽りの冷戦構造の さいごまで残った 残りカスのようなものが
朝鮮半島の南北分断だといいます

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キューバ危機は 1962年10月から11月にかけて キューバに核ミサイル基地の建設が明らかになったことから
アメリカ合衆国が カリブ海で海上封鎖を実施し アメリカ合衆国とソビエト連邦との緊張が高まり
全面核戦争寸前まで達しました
アメリカの大統領はケネディ ソ連の指導者はフルシチョフのときです

アメリカはソ連と対立しているフリをしながら 陰でソ連を支援して ソ連を超大国に見せかけていました
そういうシステムが 東西冷戦でした
これにたいして 最初にボロがでたのが キューバ危機だったのです

ケネディは キューバの海域を封鎖しました
ミサイルを積んだソ連の艦船が アメリカの敷いた海上封鎖ラインを 突破するのか
アメリカが ソ連船に攻撃をくわえるのかで 世界中が注目する中 緊張は最高潮に達しました

フルシチョフは 船をUターンさせました
当時のソ連は アメリカと戦争するほどの 軍事力がなかったためです
東西冷戦といいながら ソ連の実態は アメリカとまともに対峙する力はなかったのです

また 朝鮮戦争も アチソンラインで そのタネをまいたのは アメリカ自身でした
ベトナム戦争の最中には アメリカは北ベトナムの背後にいるソ連に 300億ドルも援助していました

ケネディはキューバ危機で こうした冷戦構造の欺瞞を 世界に向かって暴露してしまいました
けれど 世界中のメディアは キューバ危機を この視点からは 報道しませんでした

のちに ソ連の外相グロムイコがケネディと会談したときのことを 回顧録にのこしています
そのとき ケネディはかれにこういったそうです

「わたしは ソ連との関係改善をのぞんでいる けれど国内に それを阻むグループが 二つある
一つは 反共主義者 そして もう一つは <ある特定の民族>です」

この会談の2か月後に ケネデイは テキサス州ダラスで凶弾に倒れました
グロムイコは この報を聞いたとき ケネディのいった<ある特定の民族>を すぐにおもいうかべたといいます
それは アメリカの経済界を牛耳る ユダヤロビーだと

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アメリカにウッドロウ・ウイルソン(任期 1913年~21年)という大統領がいました
この下で広報委員会ではたらいていた エドワード・バーネーズという人がいたのですが
かれはすでに当時 こういっていました

「アメリカの国民の意見を そうと気づかれずにコントロールするものが
アメリカのほんとうの 支配者である」と

つまり 「アメリカの国民の意見を コントロールしているのは メディアであり
メディアこそが アメリカの支配者である」と
当然 「そのメディアの背後には メディアの所有者がいて そのものこそが ほんとうの支配者である」と

英国、インド、ソビエト連邦、イスラエル、タイ、キューバ、ウクライナ、モルドバ 元・大使
元・防衛大学校教授
~ 馬淵睦夫 著 「国難の正体」より ~


アメリカを支配できるのは 民主選挙で選ばれた 大統領ではない ということです
なんだか恐ろしい話しです 国民を、選挙民を馬鹿にした話しです

さらにいえば 大統領も その背後にいたものによって うごかされてきたということ
そして 2年前 アメリカ国民の意志によって その状況が変わりました
それは トランプ大統領の誕生です

では昨今の 日本の状況は どうでしょうか
野党がモリカケで1年半をついやして ちいさな問題がつぎからつぎへとでてきて
そのたびに 政権支持率が 落ちこんではもち直し・・・

このごろモリカケを野党がいわなくなると ついこのあいだの
財務官僚のセクハラも 愛媛の県知事がだした文書も どこへいってしまったのか
まるで なかったことのようになってしまっています

メディアは いつだって真実は報道しません
自分たちの都合のいいように ねじ曲げて報道します

百年以上も前から メディアは 国民を洗脳して 工作する機関だということは
どうやら まちがいないようです
NHKがいってたから 新聞がこう書いてたからというのは なんて馬鹿らしいことか

僕らがうけてきた歴史教育の中にも 大ウソがたくさんあったのが だんだんとバレてきました
一流の大学をでた官僚や 政治家たちが あの程度なのですから
僕らは もっとほんとうの意味で 賢くなるべきでしょう

日本に ほんとうの意味での 民主主義を とりもどそうでは ありませんか!!!
 〇〇党の 委員長みたいですね

mabu

罰あたり

batia

隠岐の島では 昔
映画「獄門島」のロケで 断崖から人が海に落ちるシーンがあり
ダミーの人形を使って撮影したそうです
人形と言ってもダミーは高価なので 撮影後 海に潜って回収しようとしたら
人民軍の軍服を着た死体が見つかったのこと 映画よりこちらの方が怖いです

これとは別に 海岸のキャンプ場で 北朝鮮工作員の乱数表、無線機、テントなどが発見されたとの話もありました
そのことについて 8年前に島根の拉致議連の会長である 小沢秀多議員が質問したところ
当時の高瀬隆之県警本部長は 次のように答弁しました

 「御指摘の事案は 1980年昭和55年2月
明屋海岸のキャンプ場に キャンプ用具などが放置されているという通報を 浦郷警察署にいただきまして
事件事故の両面から 周辺の聞き込みや 捜索活動を行ったものでございます
その結果 キャンプ用具等の所有者等について判明しなかったほか
以降 事案の解明につながるような事実の把握には 至っていないという現状でございます
なお 当時発見をされました物は テント類及びフォーク等などの日用品でございまして
議員が今御指摘になられましたような乱数表とか あるいは無線機などは発見はされておりません」

 地元の人は当時 乱数表や無線機が見つかったということで 警察が聞き込みをしたのを記憶しています

「フォーク」とか言えば 普通のキャンプの忘れ物のような印象を与えますが
2月の隠岐はとても寒く キャンプをする人間などいません
まあいるとしたら 北朝鮮の工作員くらいでしょう

 起きた事件も怖いですが それより隠していることの方が もっと怖い話です

<特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さんのブログより>

拉致問題について 警察は あたらず 触らず 知らんぷり
一般の国民も 同じですが・・・

星のおじ様

2 hosinor

権力
人気
快楽
財力
労働
学問
そして 一本の薔薇
みんな 縁がなかったな
この地球を去るとき 蛇にだけは 噛まれたくない

マネーロンダリング

0 mane

1 mane

2 mane

3 mane

「IR法」
どんなに 取りつくろっても カジノ法ですよッ

時代

財務省に だまされて

1  rokujyuan

反日勢力に だまされて

2  rokujyuan

60年安保の頃と ちっとも 変わらない

3  rokujyuan

僕らの世代は「三無主義」といわれました 無気力・無関心・無責任です
なつかしいですね
これに無感動を加えて 「四無主義」などともいわれました

僕らの世代は 日本が豊かになって なんの苦労もなしに のんびり育ったってかんじでしたが
一つ前の世代は いわゆる団塊の世代でしょうか
僕らより ハングリーで エネルギッシュでした

学生運動の世代ですね
60年安保闘争の世代です

僕らからすると 兄ちゃんや姉ちゃんは なにをあんなに騒いでるんだろ てなもんでしたが
日米安全保障条約の改正に 大騒ぎで 大反対したんですね

戦後すぐに結ばれた 日米安保条約は
日本が 外国に侵略されても 米国は 日本をまもる義務はない
なのに 日本中のどこにでも 米国はすきなところに 基地をつくることができる というものだったんですね

それを 当時の岸伸介総理が 安倍さんのおじいちゃんですけど
日本が 外国に攻められたら 米国は 日本をまもる義務がある
日本の承認なしに 米国は 勝手に基地をつくれない
そういうかたちに 変えようとしたんですね

これは 憲法の制約のある 日本にとっては とてもいいことだったんですけど
なぜか
そんなことをしたら 日本は また戦争ができる国になる
もうそのころ 米国は ベトナム戦争に介入してたんですが
日本が 米国の戦争にまきこまれると 大反対したんですね

だれが 反対したかというと
朝日新聞や 社会党や共産党や 進歩的知識人とよばれていた たとえばジャーナリストや大学教授 などなど
それから その影響をうけた 学生たちでした

じつは これは 条約の改正をつぶせという ソ連のコミュンテルンからの 指令によるものだったんですね
学生たちで それまでの日米安保がどういうもので どう改正されようとしているのか
知ってたものは ほとんどいなかったということです
ただ 左翼思想に 強いあこがれがありましたから
そうすることが きっと正しいんだろうと 盲目的に 信じんこんでしまってたんですね

もちろん ソ連の工作なのだと わかっていたわけではなく
燎原に火がついたような ブームに われもわれもと のってしまったという方が 正確かもしれません

今の日本
戦前と戦中を知る世代が 今ではもう ほとんど鬼門に入ってしまわれ
この60年安保世代が 日本のあらゆるところで トップとなっているから
戦後70年以上にもなるというのに こんなにもおかしなことに なってるんじゃないでしょうか

kihhhh

左翼思想の根本は 平等思想ですね
ほんとうは これは マヤカシでしかありませんが
労働者に 平等に 富が分配されるってところですね
現在 貧乏で いわゆる弱者の立場にいるとおもってるものには きわめて魅力的なコトバです
ですから 左翼は いつでも 弱者の味方なんですね これもフリにすぎませんが
だから 人権、人権というんですね

そのソ連も 衛星国の数々も すでに崩壊してしまいました
崩壊してはじめてわかったのは それらの国があったあいだ その国の中で
人権を無視され 拷問され 虐殺された 想像を絶するかずの 一般国民がいたということです

ソ連の例をみれば 社会主義では 経済の発展に むりがあるってことも
平等も タテマエだけだったことも 証明されたようなものですが
かれらに 反省は ありませんでした

当時の左翼は ソ連派と中国派に 分裂してたんですね
なかま割れは かれらの 得意芸ですから
ソ連の崩壊は 中国派の勝利としか うけとめられなかったのです

でも そもそも 人がみんな 平等になれるなんて そんなこと ありえるんでしょうか
法律的に平等は ありえるんでしょうが
人なら みんな しあわせになりたいとおもいますが
それでは じぶんのしあわせって どうやって きめるんですか
他人とくらべなければ きめられないんじゃないでしょうか
これって 見方を変えれば 平等であってはいけないってことじゃないでしょうか
こんなこと これ以上かんがえると ドツボにはまりそうですので もうやめます

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